初カキコ……ども……

あけましておめでとうございます

3 月です。地球が 21 世紀を迎え久しいですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

僕は元気(物質的に滅してはいないという意味)です。

たぶん、ブログのような形でまともな情報発信をするのは 5 年ぶりくらい? ん、マジで? 盛ったか? ……でも 4 年は少なくとも経ったな?

ちょっと実感がわきませんが、

  • MIT に裏口入学をキメるべく爪を研いだり、
  • 失恋を機に秩父山中で修行の身となり万象の理を会得したり、
  • 万象の理(アベノミクスともいう)の崩壊により貧困を極めたり、
  • 生まれてこの方願ってもいなかった 24/7 ワークで筋トレしたり、

しているうちに地球は 5 回転くらいしていたようです。公転のほうで。

季節は次々

何やら奇っ怪なことを考えていたガキは、何やら奇っ怪なことを考えている大人になりました。
またぞろ面白いことをやりたいですね。

スタイル的には変わってしまったというかお亡くなりになったというか、表現は色々ございましょうが、
正直なところ 5 年前の自分が何を考えていたのか、よくわからんというのが実情です。

エゴまみれ劣等感まみれ甘えまみれの抑圧の中に、そこでしか醸成され得ないようなある種の輝きがあったかもしれない――いや当時の自分に敬意をもって、そこは間違いなくあったとしたい――が、
その価値は俺が賢しらに人の間で生きるうちに雲散してしまったのか、
はたまた、形を変えてなおくすぶっているのか。

少なからず言えるのは、主観的にしか語りようがないようなサムシングエキセントリックを渇望する、
ひねくれた望みだけは、諸々のノイズを(少なくとも今認識できるものについては)排除して考えても、
原始的に生き残っているということです。

思い上がりや他人の評価というものを考慮から外してもなお、やりたいことがあるということです。

それが歳のいったおっさんのめんどくさい「俺が若いころは」に帰着するのか、
なんらかの形での結実をみるのか。それは結論を急がずあと 10 年、様子見でいいかと。

とかいうセリフを 10 年後にまた言ってそうな気もしつつ。

しかしまあ、うまいこと死なずに着陸したなーと。
マジで意識高く舞い上がったはいいが、着陸用のタイヤを忘れてきた飛行機状態でしたからね。
ナイスソフトランディング。

今年はよろしくお願いします

ぼちぼちいきましょう。